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長崎地方裁判所 昭和47年(ワ)364号 判決

主文

被告は原告らに対し、金三、七二四円およびこれに対する昭和四七年九月二一日より右支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告らは主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

原告らは請求の原因をつぎのとおり述べた。

一、原告らは別紙目録一記載の選定者らから選定された選定当事者であり、選定者らは被告(船舶・原動機などの製造等を営業とする会社)長崎造船所に勤務する従業員であり、その構成する訴外三菱重工長崎造船労働組合(昭和四五年九月一三日結成、以下訴外長船労組という)に所属する組合員である。

二、訴外長船労組は昭和四七年七月および八月に亘りストライキを挙行し、その所属組合員である選定者らは、別紙目録二、三記載のとおり各ストライキ期間中、被告の賃金規則一八条により算定された、各家族数による所定の家族手当(以下本件家族手当という)を、所定の賃金支払日である昭和四七年七月および八月の各二〇日支払われずカット(控除)された。

三、しかしながら、本件家族手当のカットは、左の理由により違法かつ無効である。

(一)  本来賃金には、労働契約に基く労働者の地位に基きその生活保障的、補助的部分と、その労働に所定の労働時間従事し、その労働の対価としての交換的部分、または日々の労働の対価としてでなくその仕事量、勤務時間に関係なく支給される固定的部分とそうでない部分とに分別され、日々労働の対価でない生活保障的、補助的部分または前記意義における固定的部分は、賃金カットの対象とならない(参考、最高裁第二小法廷昭和四〇年二月五日判決)。

本件家族手当は正に右生活保障的、補助的部分に該当し、ストライキ期間中といえども賃金カットの対象となり得ない部分である。

(二)  ストライキ期間中の家族手当のカットは、労働基準法三七条の割増賃金の算定の基礎としない同条の法意、ならびに同法二四条の規定にも違反する。

本来割増賃金算定の基礎となる部分は、労働に対する対価的交換的部分である。そして割増賃金の対象とされない以上、ストライキ期間中のカットの対象にもすべきでないこと理の当然である。

四、以上のとおりであるから、被告は原告らに対し、本件家族手当カット合計額金三、七二四円およびこれに対する支払日の後である昭和四七年九月二一日より右支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告抗弁に対する答弁として

一、抗弁一項の事実中、昭和四四年一一月制定の就業規則、およびこれに基く社員賃金規則が存在することは認める。

社員賃金規則細部取扱なるものが存在することは知らない。

その余は争う。

右社員賃金規則細部取扱なるものは、選定者ら所属の訴外長船労組は勿論、従前所属した訴外全日本造船機械労働組合三菱重工支部も被告からその協議交渉を受けたりこれに同意したことはない。

ましてや就業規則の一部として労働基準法所定の届出、および周知の手続もなされたことなく、その実施期間も定かでない。

このような社員賃金規則細部取扱なるものは、選定者らを何ら拘束する効力がない。

二、抗弁二項の事実中、ストライキ期間中の家族手当のカットにつき、昭和二三年頃賃金規則に定められ、その後同賃金規則からその旨の定めが削除された昭和四四年一一月以前まで実施され、さらにその後も引き続き事実上ストライキ期間中家族手当のカットをなされていたことは認める。

その余は争う。

選定者ら所属の訴外長船労組は予々右カットにつき疑義を抱き、昭和四七年八月一七日被告に対し、右カットの中止を申入れたが、その後も依然として被告はこれを無視し、ストライキの都度家族手当のカットを強行実施してきた。

ストライキ期間中の家族手当カットの事実上の実施は、労働基準法三七条の法意に反し、違法かつ無効であるばかりでなく、選定者ら所属の訴外長船労組との労働協約は勿論、前記のとおり就業規則にも定めなく、さらに労働基準法一五条の規定による賃金など労働条件明示義務にも違反していること明白である。なおこのような家族手当のカットが、勿論労働契約の内容となっているものでもない。仮りにそうであるとしても、労働基準法、労働協約、ならびに就業規則に定める基準を下廻る内容であるから明らかに違法かつ無効である。

と述べた。

被告訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として

一、請求原因一、二項の事実(たゞし、選定者溜渕信一については別紙目録三記載14中、昭和四七年七月二五日((権))二〇六号における全日ストライキ、および時限ストライキ合計八時間、カット金額一五四円につき)認める。

二、同三、四項は争う。

と述べ、抗弁をつぎのとおり述べた。

一、本件家族手当カットは、被告の昭和四四年一一月制定の就業規則三四条、これに基く社員賃金規則、ならびに社員賃金規則細部取扱二五項(ストライキ等により所定労働時間中に勤務を欠いた場合は、その時間につき時間割賃金(家族手当を含む)を控除する)旨の規定によりカットしたものであるから適法かつ有効である。

二、仮りにそうでないとしても、ストライキ期間中の家族手当のカットは、長年の労働慣行が前記細部取扱なるものに成文化され、労働契約の内容として存在しているものである。

即ち、ストライキ期間中の家族手当のカットについては、昭和二三年頃制定の賃金規則にその旨定められ、昭和四四年一一月改定されて削除されるまで実施され、その後は前記細部取扱に移記されて事実上続行され、労働慣行として定着しているものであるから、労働契約の内容として労働者もこれを承諾している事項というべく、この点からしても本件家族手当のカットは適法かつ有効である。

《証拠関係省略》

理由

一、請求原因一項の事実、および同二項の事実(たゞし選定者溜渕信一については、昭和四七年七月二五日((権))二〇六号における全日ストライキ一日、時限ストライキ合計八時間の家族手当カット額金一五四円につき)は当事者間に争いがない。

なお選定者溜渕信一の昭和四七年七月五日((夏))八号における全日ストライキ、およびこれに対する家族手当カット額七四円については、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二、ところで、労働者は使用者との間で労働契約を締結し、労働者としての地位を取得するものであるが、労働者に対する賃金には、日々の労働の対価としての交換的部分と、勤務時間や仕事量に関係なく労働者の地位にある間、固定的に支給される生活補助的、保障的部分とに大別され得ることは、夙に指摘論議され、昭和四〇年二月五日の原告摘示の最高裁第二小法廷判決もその趣意においてこれを認めているところである。

そして、家族手当なるものは、正にこの生活補助的部分に該当し、日々の労働の対価的交換的部分に該当しないこと多言を要しない。

それ故にこそ労働基準法三七条においても、労働の対価的交換的部分を基礎とする時間外労働における割増賃金の算定の基礎に、そうでない生活補助的賃金部分である家族手当などを含ませないことを明言しているものというべく、同条の法意からしても、扶養家族数に応じ、所定の金額を計算支給する、実質的生活補助的意義を有する家族手当については、ストライキ期間中の所謂ノーワーク、ノーペイの意義における賃金カットの対象とすべきでないとするのが、理の当然というべきである。

もっとも労使対等の立場で締結された労働協約、またはこれに準ずる合意に基く別段の定めがなされ、これに基きストライキ期間中の家族手当につき賃金のカットを認容しているばあい、労働基準法が労働者保護の見地から労働条件の必要最低限度の基準を定め、労・使双方が対等の立場で労働条件を決定し、労・使関係の健全な育成をも目的としている同法の精神から、これをも無効なものとして取扱うべきでないと解すべきであるが、労働基準法所定の手続により作成された(即ち少なくとも必要最少限度その効力要件とされる周知手続をも経ている)就業規則であっても、これは結局使用者側において一方的に定め得るものであり、労・使双方対等の立場での協議交渉のうえ、合意に達した上で作成されるものでないから、前記労働協約またはこれに準ずる労・使双方の合意と同一に論ずることはできず、これら労働協約等において合意に達していない事項を就業規則に定めていたとしても法令に違反するばあい、当該部分は労働基準法九二条によって当然に無効といわねばならない。

そこで、前掲最高裁判決において「労働協約など別段の定めあるばあい」として、賃金中生活補助的部分であっても、ストライキ期間中カットの対象となし得る除外例としていると目される判示部分は、労働法上の賃金の性格、労働基準法三七条の法意、および同法九二条を綜合考慮して、前記のとおりに解するのが相当である。

三、被告が昭和四四年一一月以降その項作成の就業規則、および同規則三四条に基き作成された社員賃金規則が存在することについては、当事者間に争いがない。

さらに被告の長崎造船所においては、賃金規則にストライキ期間中の家族手当をカットする旨定めて、これに基き昭和二三年頃より昭和四四年一一月に至るまで、右カットが実施されていたこと、昭和四四年一一月以降社員賃金規則から右カット事項が削除されたが、その後も引き続きストライキ期間中の家族手当をカットされてきたことについても当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告は昭和二五年に三菱造船株式会社、三菱日本重工株式会社、および新三菱重工株式会社に分割され、昭和三九年六月一日再び三社合併して一体となり今日に至っているが、被告の長崎造船所においては右分割合併前後を通じ、昭和二三年頃より就業規則の一部である従業員賃金規則中に前記のとおり、ストライキ中の家族手当のカットをなす旨の定めをなし、昭和四四年一一月以降就業規則の一部である社員賃金規則から右事項を削除し、社員賃金規則細部取扱なる書面を作成して、右同様事項を掲記し、これに基き、前記のとおりその後も引き続きストライキ期間中の家族手当のカットをなし、昭和四九年に至って家族手当を廃止し、有扶手当新設の労・使双方合意に達するまで、強行実施して来たこと、被告は右社員賃金細部取扱につき、昭和四四年七月頃当時被告会社において結成存在した訴外全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合(以下訴外重工労組という)、同全日本造船機械労働組合三菱重工支部外一組合の中、訴外重工労組との間において、協議交渉のうえ同労組の了承を取り付けたものの如くであるが、他組合に対しこれを提案協議交渉を持った形跡がなく、さらに前記のとおり昭和四五年九月一三日結成の訴外長船労組に対しても何ら提案・協議交渉がなされた形跡も見当らないうえ、労働基準法所定の労働基準監督署長に対する届出、および同法一〇六条の規定する、常時各作業場の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によって、労働者に周知させる手続をなした形跡も見当らないこと、そこで選定者ら所属の訴外長船労組は、ストライキ期間中の家族手当のカットを違法として、昭和四七年八月一七日付被告に対し、右カットの中止の申入れをなしていること、なお、右カットにつき労働協約に掲記または労・使双方合意に達した事実も勿論見当らないことなどの諸事実が認められ、他に右認定を左右すべき証拠は認められない。

四、右事実によれば、選定者ら所属の訴外長船労組と被告との間においては、ストライキ中の家族手当のカットにつき労働協約または労・使双方の合意もなく、かつまた労働基準法上の周知義務を欠き、実質就業規則としての効力をも否定される社員賃金細部取扱なるものを根拠として右カットを強行実施し、本件家族手当のカットをもなしたものであって、明白に違法・無効な行為であるといわざるを得ない(仮りにこの点実質的就業規則と同視し得たとしても、前記のとおり労働基準法三七条の法意に反し、同法九二条により当然に無効であるというべきである。)。

結局、右社員賃金細部取扱中右カットを定める二五項は明白に違法・無効であるからこれに基き事実上数年に亘り一方的に実施されたストライキ期間中の家族手当のカットが、適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由全くなく、いわんや到底適法・有効な労働契約の一内容となり得る筈のものでもない。(仮りに労働契約の内容になっていたとしても明白に違法かつ無効である。)

五、以上のとおりであるから、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相良甲子彦)

〈以下省略〉

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